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NIKKENブログ

「8年目の3.11」

2019年03月06日

震災直後、避難所になった山形市のスポーツセンターの体育館は、

福島県からの避難者であふれかえっていた。

着の身着のままで逃げてきたような人、連れては来たが体育館の中には入れず、

寒い屋外に繋いだままのペット。

詳しい情報を知りたがっている人が大勢いたのか、

自主的に体育館の入り口付近のテーブルに置かれた新聞は、

どんなものも少なくなっていた。

 

南相馬市から非難してきたEさん御夫妻とは、そんな状況の避難所で知り合った。

正確なことは何も知らされず、とにかく逃げろとの情報で逃げて来た方である。

段ボールで仕切られたプライベートなスペースに招かれ、

被災者へ配給されたカレーうどんを一緒にご馳走になったこともあったが、その味は忘れられない。

只こんな場所で毎晩眠るのは、正直大変だろうと思った。

夜寝てからも津波に襲われた恐怖で奇声をあげたり、うなされる方が大勢いるらしい。

またけんかになったりすることもあるとの事。

きれいごとでは済まない避難所暮らしの実態が垣間見えた。

 

その後Eさん御夫妻は南相馬に戻り仕事に復帰しているが、

震災後山形に定住した息子さんに会いに来る時など、

何度か再会し当時のことや互いの近況を語りあっている。

 

早坂 智