3.11の震災当日、当社仙台営業所は倉庫・事務所ともに大変な揺れに見舞われて
商品棚、机や家具、その他あらゆるものが散乱状態になった。
入居していたマンションの柱部分には深い亀裂が入り、コンクリートが剥がれて主筋が丸出しになった。
今から思えばよく倒壊しないで済んだと思う。
幸いなことに一人の怪我人も無かったが、その日から避難所暮らしの人が何人かいた。
電気・水道がストップし、暖房も間々ならない中、長時間給水車の列に並んで水を得た。
ガソリンスタンドは3キロも車が並び、僅かな移動手段を確保した。
津波に襲われた被災地は壊滅的な状態で、瓦礫に埋もれこの世のこととも思えない光景だった。
会社としては、まず直近の支払いを確保しようと決定したが、コンピューターやOA機器は使えない。
事務方が手書きで伝票類を揃えて、手続きに支障のないように頑張った。
営業所が面している産業道路は、三陸方面や福島方面の被災地へ向かう道路として全国の自衛隊車両、
消防車両、警察車両がひっきりなしに通り、自衛隊霞の目駐屯地から飛び立ったヘリコプターが
終日何機も空を飛んでいる異様な光景が、毎日のように続いた。
津波は仙台東部道路が防潮堤代わりとなり、
仙台東インター付近までで止まった為、1キロ程内陸にある営業所は無事だった。
震災直後から復旧に使うのか、シート類や工具類を求めて次々とお客様が来た。
お互いに無事を喜び合いながら、少ない中から何とか使える状態の商品を渡した。
お客様から「工具がないと復旧作業にならない。」と言われた。
この時ほど工具を扱うことに誇りを覚えたことは無い。
その後復興工事が徐々に本格化し、時間との戦いとなった。
そして新しい人材も縁あって入社。今の仙台営業所の半分は震災後の入社である。
営業所は昨年東インター寄りに移転し、震災後6年を期に新たなスタートを開始している。
早 坂
更新日:2017.3.9